2014年01月17日
正月の旅と165日の行、終了。運とカーヴィーとふくらはぎ。
去年2013年の誕生日の8月4日から今年2014年の1月17日、金曜日までだから、165日目くらいになる。
新刊本の執筆とその原稿の最終チェックまでに要した時間だ。
執筆した原稿が、すぐに整理されて、どさ〜と送られて来たのが12月28日。
そこから年末、正月もなく毎日、原稿チェック。(正月とか関係なく、お酒を飲んで、、、という意味もある!)
これを一応終えて、1月5日に関西方面から投函したら、すぐにまたこの訂正文を訂正した最終原稿が送られて来て、これまたチェックの毎日。
そして、泣いても笑っても怒っても悲しんでも、走っても歩いても(以下省略)、もう、原稿チェックの締め切りが、ぎりぎり今日まで。 これがそのまま出版される。
毎日の執筆のほとんどが、草木も眠る丑三つ時から、朝日が出ると焼き殺されてしまうので、その直前まで。
そのために、夜間の外出は一切なし。
それでも正月らしきことをと、原稿を抱えつつ関西方面の旅へ。
毎日、原稿チェックを繰り返すのだが、あまりの膨大な量に、チェックしてもチェックしても、なお、わが暮らし楽にならざり。
何て量だ!と叫ぶのだが、こんな量にしたのは、自分のせいでもある。
本来、ほんの100ページほどでもよいものを頭の中にあれもこれもと浮かんで来て、これを書かなきゃ死ねないな、となり、一気に4倍を超える。
ここだけの話だが、あまりの量に最後の「あとがき」の文字が、半分ほと小さくなってしまった。
「あとがき」だと言うのに、これまた、あれこれ頭に浮かんで来て、これも書かなきゃ死ねないな、と書いていると、またまた膨大な量に。
この文字の小ささで、100ページ分が、50ページに収まる、という計算だ。
つまり、全100巻あるとしたら、それが全50巻になる、ということだ。
文字というのは、大きく見やすければ、それだけ読む人も増えるわけだが、これはそれに逆らっているわけで、だから、この「あとがき」まで辿り着ける人は、100人中、50人ということになるだろう。
だからと言って、文字のサイズを大きくした新聞は、ますます読者が減って行く一方だ。
というわけで、近眼で老眼の人は、「あとがき」では、確実に眼鏡を外して読まなければいけなくなるだろう。
まあ、でも、元々、この本は、読まなくてもいい。
どうせ読んでも文句しか出ないんだから、読む必要はない。
一人3冊くらい買ってくれればいい。
今日見た「金スマ」で、カーヴィーダンスの樫木裕美の本は、アンビリバボーな466万部。
番組では、その後始めたジムの経営者とのトラブルの真相ということだった。
これくらい売れる人は、私の人生理論では、必ず何か「不幸」を引き寄せるものだ。
億という印税が入って来るからだ。
これは、昔の人で言えば、山などを売って得た莫大なお金をそのまま私益としたら、必ず、子孫に不幸があるから、その一部を社会に寄付しないといけない、という先祖代々伝わる”教え”だ。
それと、これが大事なのだが、確かに「運は人が運んで来る」ものではあるが、この「運」は、良い運とばかりは限らない。
必ず、同量の「悪い運」も運んで来る。
これを見分けるのが「知識」と「知恵」と「教養」ということになる。
このルールを知らないスポーツ選手などは、一時の成功の後、たいがいが、金銭面で騙されたりしている。
それだけの人が集まって来るわけだ。
だから「運がいい!」とか言っているのは、あれは間違いだ。
ちゃんとその中の半分は、「悪い運」が混ざっている。
おまけに人間の運なんて、「上って3年、維持して3年、落ちて3年」でしかない。
しかし、これにも防御策はある。
今は、ある、とだけ言っておこう。
一応、確かめてみないといけないけからだ。
今日、本棚を整理していたら1999年のお正月頃に書いた「5年後の未来ノート」が出て来た。
40歳になったのを「記念」として書いたんじゃないか。
もう、14年くらい前のノートになるのか。
懐かしくて開いてみたら、「結婚して子供ができて、本を出版する」とあった。
5年後の未来だから、2004年のことだ。
まだまだ、あれこれと書いているようだったのだが、ゾっとしたので、すぐに閉じた。
5年後にターゲットを絞っていたようだが、結局、実現したのは、15年後になるから、希望した未来の実現には3倍の時間が掛かる、というわけか。
しかし、ここで、大事なことは、おそらく、「方向性」ということだろう。
どんなに努力して突っ走っても、方向の角度が1度でも違っていれば、それは年数が経てば経つほど、そのズレは大きくなって行く。
だから、大事なのは、そのつどの方向の微調整だ。
ああ、今、ズレているかもしれないな、何度くらいズレているのかな、という修正だ。
しかし、それが、できなかったから、あれこれ寄り道していて、3倍の時間が掛かったのかもしれない。
それは、この先も同じだとは思うが、とにかくも、40歳というのは、何かと人生の分岐点ではある。
私は、40歳の時にパソコンを初めて購入し、インターネットも始めたし、40代は、10代の頃にも負けないくらいのハードな日々を送ったなあ、とは思う。
とにかく40代は、行動することが大事だなと思い、いきなりライブ活動も始めた。
ありとあらゆる事にチャレンジしたなあ、と今、振り返ると思うが、元々、振り返る事も好きじゃない。
好きじゃない、というのも正確ではなく、実際は、それどころではない!という感じだ。
そんな”余裕”がない。
それに、過去なんか振り返っても、何も変わらないからだ。
人生を変えるのは、未来にしかない。
今から1分後も未来ではある。
実際、その1分後に人生が終わる災害も起こったりする。
お正月の関西の旅では、あの社長の事件のあった「餃子の王将」で食べることもできた。
また、大阪では、某ギタリストとアメリカ人オルガントリオのライブを見た。
「日本一のジャズギタリスト」という呼び込みフレーズだが、大阪のお客さんは、優しいなあ、と思う。
個人的には、痒い所に全く手が届かないギターのアドリブ演奏にイライラした。
その意味でも、今後10年を左右するくらいの勉強になった。
そういえば、金スマで、カーヴィーダンスの後に「ふくらはぎ健康法」のことも紹介していたのにびっくりして、あれこれ調べてみた。
私が、「ふくらはぎ」健康法に出会ったのは、もう10年以上も前で、長年、何年にも渡り、某雑誌に連載されていたからだ。
それなのに、今回のふくらはぎブームの本の著者の名前が違う。
それであれこれ調べてみたら、「ふくらはぎ」をめぐって、密かな「元祖ラーメン」を巡っての戦いがあることを知った。
お金になるのかもしれない。
私が15年くらい前からたまに読んでいたのは、「国際足健法協会」会長の原田秀康氏の方なのだが、「ふくらはぎ」を巡って、こんな派閥があるとは思わなかった。
私は、その連載からの知識で、よく「ふくらはぎや、手足の指先を揉むことが、血行を良くし、冷え性が治る」と他人に話していたりした。
指先は、血液の折り返し地点で、そこが固まっていると、血液の順調な流れを阻害するから、というのが、その主張だ。
だから、こうした寒い日々は、ちょっと手足の指先を揉むだけで、身体の血液がスムーズに流れ出し、この勢いで、身体がポカポカして来る、という理論だ。
この血行の良さで、打撲まで回復力が早くなる、ということまで言えるのだ。
当時、よく打撲したので、自分なりにこの治療法を信用して、よくふくらはぎや手足の指先をもんでいたものだ。
「ふくらはぎ」を巡っての施術家同士の利権争いの行方に少しは興味はある。
一体、誰が本当の”元祖”なのか。